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神代文字

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神代文字

【古代文字の解読方法に世界が震えた!】古代エジプトのヒエログリフが解読されるまでの話をやっているんだが、ここら辺の話はおいらも好奇心旺盛な中学生の頃にずいぶん読んだんだが、ヒエログリフの刻まれた遺品は大量にあって、今ではすっかり解読されている。けれど、それまでには長い年月がかかっている。アタリマエだ。ところで日本の神代文字なんだが、あちこちに散発的に存在し、発見されたというんだが、学術的にはほとんど否定されている。そもそも、紙の寿命は1000年といわれる。1000年以上前の文献が残っているのは、それが写本だからで、そうでなければ石に刻んだもの。中国の漢字の歴史を勉強すると、その初期のものは全て、石とか亀の甲羅です。墓銘費として刻まれた物が多く、あとはせいぜい竹簡、木簡。漢字の発祥は殷の時代に遡るんだが、紀元前17世紀から紀元前12世紀。もちろん紙では残ってない。石に刻んだ物が多い。墓銘碑です。それから時代が下っても、周辺民族が自分たち独自の文字を作ったりするんだが、みんな漢字の影響を受けていて、独自に発生したものではない。そもそも、現存する書き文字というのは元をたどればアルファベット系と漢字系が多くて、「文字の発明」というのは、そう、容易な事ではない。卑弥呼の時代から中国大陸の影響下にあった日本で、中国の漢字の影響を受けない文字が独自に作り出されるというのはなかなか考えにくい。他にも、

橋本進吉が『万葉集』等の万葉仮名で記された奈良時代の文献の表記を研究した結果、上代特殊仮名遣と呼ばれる特殊な仮名遣を(再)発見した。この説によると、奈良時代には濁音節を含めて88音節存在した事になる。しかし『神字日文伝』に掲載されている神代文字の例には、字母数が50音であったり、平安時代に作られたいろは歌や五十音図順で掲載されたりするものがあり、これは神代文字が平安時代以降に創作されたためではないかとする[10][11]。

考古学の進歩により、古い時代の遺跡や古墳などから文字の書かれた土器・金属器・木簡などが発見されているが、これらの中にも神代文字を記したものは発見されていない。

などの、傍証もあって、ほぼ完全に否定されている状況なんだが、じゃあ、何故、神代文字が存在するのか? いつ、誰が、何のために作ったのか? まぁ、結論だけ言ってしまうと、「中国コンプレックスの江戸時代のネトウヨがでっち上げた」のだろう。神代文字が世の中に紹介されて知られるのは、江戸時代の「国学」の流行によって、です。

それまでの「四書五経」をはじめとする儒教の古典や仏典の研究を中心とする学問傾向を批判することから生まれ、日本の古典を研究し、儒教や仏教の影響を受ける以前の古代の日本にあった、独自の文化・思想、精神世界(古道)を明らかにしようとする学問である[1]。江戸時代中期、元禄のころの歌学者契沖が創始したとされる[1]が、後述のように、その源流は江戸時代の初期から既に現れ始めていた。なお、「国学」の語が使われるようになったのは、契沖を学んだ荷田春満の頃からである[2]。
古道説は賀茂真淵・本居宣長により、儒学に対抗する思想の体系として確立されていき、主に町人や地主層の支持を集めた[1]。この古道説の流れは、江戸時代後期の平田篤胤に至って、復古神道が提唱されるなど宗教色を強めていき、やがて復古思想の大成から尊王思想に発展していくこととなった[2]。

日本にも、漢字、そこから発生したひらがな・カタカナではない独自の文字があったはずだ、という思い込みが、神代文字を産んだ。ネトウヨはいつの時代も嘘つきだ。

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