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李香蘭こと、山口淑子

2021年11月9日

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李香蘭こと、山口淑子

2021年11月9日

【九朵紅睡蓮9redlotuses】敗戦間近の上海、今に語り継がれる伝説のリサイタルがあった。唄ったのは李香蘭こと、山口淑子。

1945年(中華民国34年)6月23日・24日・25日の3日間、李香蘭は上海の大光明大戯院(Grand Theatre)で昼夜2回の演唱会を開き、「夜来香の香りもやがて消える。今の内に楽しみましょう、その香りを」と観客に語りかけた。
やがて新中国(中華人民共和国)建国の後は、中国政府により、聴くことも歌うことも禁止され、また国情とも合わず廃れてしまったものの、何十年もの長い時間を経て解禁され、『何日君再来』などとともに、全世界の中国人に好んで歌われるチャイナ・メロディーの代表曲となっている[2]。

日本軍の敗北のあと、李香蘭と川島芳子は捕らえられ、処刑されそうになる。李香蘭が放免され、川島芳子が処刑されたのは、李香蘭は日本国籍だったからだ。中国人と偽って満映のスターとなったが、産まれは正真正銘の日本人。川島芳子は清朝王族の娘で、日本人の養子となったんだが、中国籍のままだった。「夜来香の香りもやがて消える。今の内に楽しみましょう、その香りを」と、李香蘭は客席に呼びかけた。そして日本軍の敗走。

1946年(昭和21年)2月28日、李香蘭と似ても似つかぬように化粧を落とし、もんぺ姿で引揚船に乗船しようとしたが、中華民国側の女性出入国管理官に李香蘭と見破られ、再度収容所に連れ戻された。10日後に誤解は解け、1か月後の3月末に今度こそ出国できることになった。李香蘭は乗船するや否や、一旦は便所に身を潜めたが、船が港を離れてからデッキで遠ざかる上海の摩天楼を眺めていると、船内のラジオから聞こえてきたのは、奇しくも自分の歌う「夜来香」だった[5]。

まぁ、一世を風靡した美女なんだが、これで終わらない。李香蘭はその後、米国に渡ってシャーリーヤマグチの名前で、ハリウッド女優として活躍する。映画でもブロードウェイミュージカルでも主演をつとめ、日本映画でも活躍し、その後は国会議員にまでなるという活躍ぶりで、まぁ、でもおいらが知っているのは、さすがに晩年の国会議員時代なんだけどねw


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